【読書メモ】「普通がいい」という病

久しぶりにいい新書読みました。
これはみなさんにオススメしたいです。

精神科のお医者さんが「自分で感じ、自分で考える」ことの大切さを書かれた本。

「はじめに」
p7

『今、私たちが取り組まなければならないのは、人間という生き物の根本的な特性を深く理解し、その上で「自分で感じ、自分で考える」と言う基本に支えられた生き方を回復することです。そのためには、外から仕入れた公式にただ数値を入力するような考え方を捨てて、今まで疑うことなく信じていたさまざまな常識や知識を、一度ていねいに洗い直してみる作業が必要です。』

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「お薬を出すだけではなくて、この本の著者の方のような人もお医者さんの中にいらっしゃるのか~!」と、ほっとしました。

この本は今の自分を「肯定」できる本です。

どこからどこまでが「病気の人」でどんな人が「普通の人」かなんて、境界はなくて、みんな違うのです。その違いが強く出るか、弱く出るか。

古今東西、思想書哲学書から童話まで、本当にいろいろな本を読み込んで、その内容を著者なりに解釈して、現実の生活の中で使えるようにまとめてくれています。

精神の成熟のこと、愛のこと、「本当の自分」のことなど、みんないつかどこかで真剣に考えなくてはいけないテーマが、10講に分けて論じられています。

それぞれ少しずつテーマが違うので、なかなか手短に上手くまとめられないのですが、読むと何かしら力になります。

本格的な『心の病気』の人だけでなく、私のような「なんちゃって」の人、他の人から浮いてしまい、なんとなく今の「生きづらいなぁ」と思っている人、周囲からの疎外感を感じる人にもいいのではないかなと思います。

【読書メモ】アノスミア わたしが嗅覚を失ってからとり戻すまでの物語

大学卒業後、著者はシェフをめざすべくレストランで働き始めたが、ジョギング途中に交通事故にあう。

頭を強く打ったそうで、その拍子に嗅神経が切断されて匂いを感じなくなってしまった。

いかんせんすべて頭蓋骨の中で起こったことなので「嗅神経が切断された」のかどうかも、何かを見て判断されたものではなく、
「たぶんそうだろう」というところのよう。何か検査や治療をするわけでもなく、「失った嗅覚を取り戻すことは非常に難しいです」と診察を終了されてしまうそうだ。酷なことだ。

それからの生活や感情の動きが細かく記されていて、著者は「嗅覚は情動と関係ある」ということを体感したようだ。

回復していくタイミングで、嗅いだ香りが何の香りであるのか、香りと名前をひも付けすることができなかったそう。
グラースの調香のクラスを受講して、香り⇔名前のひも付けをしなおしていくところを読むと、普段私たちが何気なく無意識に行っている「匂いを嗅ぐ」という行為が、何百何千という身体の中のプロセス(細胞、神経)、段階を踏んだ上での感覚であることがよくわかる。

著者がなんとかして嗅覚を取り戻そうとしている様子を読みながら、「がんばれー」と心の中でつぶやいていた。

事故が原因で嗅覚を失うと、それを回復できる可能性はあまりないそうで、著者はとてもラッキーな人の1人。

事故後、著者が最初に感じた香りは料理に使った「ローズマリーの生葉」の香りだった。カルシノン酸のおかげなのだろうか?
先日見たテレビ番組でも、ローズマリー精油に触れられており、軽度のアルツハイマーの症状の軽減に役立つという結果が出ているとのことだった。ローズマリーはもう少し丁寧に論文などを読んでみたい植物の1つ。

ウェブで他の方のレヴューを読んでいたところ、医療系専門職の方が「事故後、早い段階で抗生物質を投与すれば傷ついた神経が回復する」「著者が服用していた薬については記載されていないが、おそらく抗生物質も含まれていただろう」という旨を書かれていた。

ハーブの香りだけで回復した・・というわけでは決してないとは思うけれど、回復期に一番最初に著者の嗅神経を刺激した成分がローズマリーの成分だったというのはとても印象深かった。

文中の料理に関する表現が豊富。最初は香り中心だったものが、だんだん、色、食感の表現が増えてくる。シェフ志望だったこともあり、フレグランスだけでなく、フレーバーについても触れられていた。
嗅覚障害を持つアイスクリームメーカーのオーナーさんにもインタビューしていて、この人は自分が嗅覚障害があるので、自分が感じとれる味や食感を製品に取り入れることで成功したそう。「食感が面白い」食品は嗅覚障害がない人にとっても新鮮なこと。これもとても興味深かった。

物の本質について– ルクレーティウス

いつも何冊か同時並行で読んでいるのですが、この本は常に後回し・・だったので、先月がーっと読むことにしました。

エピクロスの本も読みたかったので、その前にこれを読みたかったのです。

世界は原子と空虚で作られていることに始まり、自然現象がどうして起こるのかなど、とつとつと綴られています。

もちろん、現代の私たちが読むと、私のようにサイエンスに疎い素人でも「いや、それ、違うよ~」という記述が見受けられますが、「全ては神様が作った」と大多数の人が思っていた時代に、「原子で出来ている」なんて説は全体から見ると少数派だったのでは・・と思います。すごいことです。デモクリトス~ルクレーティウス~、この説を唱え続けた勇気や、思いつくに至った想像力がすばらしいと思います。

気になったところは、原子に香りがあるのか、色があるのか・・というような説明がなされているところです。

p98

例えば、まよならとか、密児ラ(ミユルラ)の香油を作ろうとする時には、又甘松(ナルドウス)の香水を作ろうとする時には、先ず第一に求めなければならないものは、探し得る限り香りのない橄欖油であって、それも鼻に全く臭をたてないもので、一緒に混合しても、煮たてても、自身の有する激しい臭気を以って他の香を害い消してしまう作用のできるだけ少ない橄欖油を求めなければならないが、それと同様な理で、物の原子も、原子自体からは何ものも発することがない以上、物を構成する場合には・・・

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匂い(臭い)の少ない基材を探すため、昔からみんな苦労していたのだなぁと思われる部分で、親近感がわきました。

近いうちに庭のマジョラムを使って浸出油を作ろうかと思います。