インプットとアウトプット(講習会の後にブログを書く難しさ)

10月29日と30日はオステオパシーの解剖学の講習会に行っていました。

1日7時間、ランチタイム以外の休憩は無いようなあるような・・・という感じで、会議室にみっちり缶詰状態で、座学と実習。

講習会の内容の詳細は書きませんが、先生方やスタッフのみなさんのご尽力のおかげで、とても充実した2日間を過ごしていました。

帰宅時間が遅かったせいもありますが、頭はインプットのモードになっていて、ブログの更新はできません。

学んでいる主要な技術は施術者が瞑想に非常に近い状態になって行うものです。自分の感受性を頼りに、クライアントさまの体の中で起こっていることを感じていきます。

この施術の特長が、インプットモードを余計に助長している感じです。

学んでいる技術と、「ブログを更新する」作業は、全く反対の性格を持つ作業です。

私の悩みポイントはこれ。

あるものをいくらか単純化していかないと、言語で『人に伝える』ということはできないはずなのですが、言葉で表現できない内的体験が幾層にも重なっていて、表現できない部分の方が、実は大切な施術です。表現できたとしても、かなり断片的な内容です。

ブログを何度も更新すると、とても外交&外向的で「プッシュ」する印象を持たれる可能性が高くなるように思っています。でも、私がやりたいことは、学んでいるこの技術も含めて、言葉で煽ったり、大げさに表現する施術ではないですし、誰かにそれを「プッシュ」するものでもないです。

実際にこの施術は、施術者にとっても、クライアント様にとっても、内側に向かいつつ、外側への広がりを作る作業であって、どちらか一方へ向かう施術ではないです。

そして、ブログのように「先のことを見据えて」書くのではなく、ただ「今」にいる施術です。

これらの点は、これまでお師匠さんはじめたくさんの人たちが大切に守ってきたもの。

そして、こういう風に言葉で書いても、

「??(結局どんなことなの)」

と思われる内容になってしまいます。

でも、私がやっていることを、それを必要としている人にお伝えするために、今すぐできる方法はブログを書くことくらい。

こういう

「?(意味がわからない)」

というようなことでも、どこかで読まれていて、なんとな~く「ピン(気になる)!」と来てくださる方が、きっとこの施術が必要な人なのだと思います。

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アイキャッチの画像は月と金星。

2016年の元旦の明け方の空です。今年もあと2か月です。早いなぁ。

復習復習

『Teachings in the Science of Osteopathy』を気が向いたときに、少しずつ読んでいるのだけれど、エントラップメント神経障害のチャプターで、「嗅球に関して、篩板のロッキングムーブメントを見なさい」と書いてある部分があり、「あーやっぱりそうなんだー!」ととても感動。

篩板の動きと嗅神経。

その他、みんな知ってそうだけど、私だけしらなさそうなこと、「なんでこれするんだろう?」と疑問に思いつつしていたことがあったのだけど、今日解決。
連休は復習に充ててよかった。

自分の無知さに改めて呆れつつ、次の勉強会までに気がついていて良かったーとも思いつつ。
いゃあ、復習は大事です。

そして、Dr.サザランド、ありがとうです。

「予習より復習の方が大事なんだよ」と受験のプロの従弟が教えてくれたことがあったのですが、いまさらながら納得の1日でした。

復習会の復習@自宅

最近なんだか、自分の勉強机に違和感を感じ、マッサージテーブルの上でやってみることにしたのだけれど。

条件反射なのだろうか。
集中力の持続が心地よい。

完全にオタクだなぁ。

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今日は午前中1回、午後1回練習セッション。

先週のバイオダイナミクスの復習会のそのまた復習。
当座のところの合格点はいただいたのだけれど、先輩の

「下りていくの、途中でとまっちゃってる」「まだ広がるんだよ」という二言が、今の私のひっかかりポイントと重なって、復習会ではものすごく大きなヒントをもらって帰ってきた。

今日は、一応、先輩が教えてくださったいい状態を自分で再現できた、と思う。

まだまだ先は長いけど。

多分一生。

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「休みの日まで勉強なんて大変だね~」

と、よくお声掛けいただくのですが、「自分のことを大事にする」施術をしているので、基本的に施術に関する勉強は「自分がやりたいからやっている」感じです。

「勉強するのがいやだなぁ」とはあまり感じていません。

セラピストが自分のことを大切にできないと、クライアント様も自分で自分のことをどうしたら大切にできるのかわからなくなります。

言説が一致しない人と会うと混乱しますもんね・・・。

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やりたくないこともやらなくてはいけないことは、普通に社会人をしている限りは往々にしてあります。我慢が必要なことも多いです。

だからこそ、「やりたいことは必ずやる」。

結構大切かもしれません。

準備講座への参加:解剖学

初めてやったことがある日はなんとなく残しておきたい感じがする。
はじめてというか、2回目。豚さんと羊さん?の解剖(肉のハナマサで売っているものらしい)。

1回目は高校の生物のときに、カエルの脳だけ取って、脚をつついて脊髄反射が起こるのを見たのだけれど、それも解剖なんだろうな。

時間があったら、『テビチ』ももう少し丁寧に分解してみたかったのだけれど、時間が無く、ざっくりと。

羊さんの胸椎の辺り(半分)を重点的に。

椎間板・・樹の年輪のような線維輪とぷるんぷるんの髄核がきれいに見えて、ちょっと感動。

さらに、周りの脂肪組織を取って、硬膜、くも膜、軟膜が覆っている神経管のプルプル具合に感動し、硬膜だけ剥いで、次にくも膜を剥いで、軟膜にちくっとナイフを刺したところで、中の神経が穴から出てきてまたまた感動。

(誰でもできることだと思うのだけど、細かいことだったらしく、どうしてだかやっていたのが私だけだった・・・笑)

それと、手が触れられる状態でヒトの骨格標本を初めて見た。直接触ると手の脂のせいで何年か後に黒くなってしまうそうで、触れるときはティッシュの上から。

篩骨はものすごく薄くて触るのは禁止。粉ものを焼いたときの、薄く焼きすぎてパリパリになったところみたい。

血管の後がきれいに残っている。
海綿質がきれいに見えて、意外と軽い。

そして、若くて美しい骨格標本は虫歯もなく。

「スカル」の図像(象徴)的な意味は、『人は皮膚も肉も全部取ったら、みんな一緒ただの骨』というかなりストリクトな意味がある(決してただのおしゃれアイテムではない)のだけれど、美しい骨格標本になれる人って希少なんじゃないかしら。

みんな一緒じゃないよな~。ただの骨じゃないよな~。

Thank you All !

5000ピースくらいのパズルの最初の1ピース目を、枠の絵柄に合わせてすみっこにハメた感じ。

『ロングタイドがわからない』とここ4年ばかり、あちこちでつぶやきつつ、参考になる本は読みつつ過ごしていたのですが、ずっとわかりませんでした。

大体なぜ、「タイド(Tide/ 潮流)」という言葉を使うようになったのか?説明されている文章を読むと、抒情的、抽象的な表現ばかりで具体的ではない。

で、この間、ワークショップに行って、「The Sea Around Us」というキーワードとともに、2日間の間にたくさんのことを教えていただいて、これまで「???」だったことや、懐疑的になっていた事柄について、少しだけクリアになりました。

先月末に先生に教えていただいた参考図書を、今月に入ってボチボチ読み始めたのですが、その内容とも相まって、

「あ~☆☆」というくらい、先週末からブレークスルー。

全然まだ何もわかっていないのだけれど、やっと1欠片、空いたところにはまった感じがします。

「タイド」という言葉は、レイチェル・カーソンの「The Sea Around Us (われらをめぐる海)」からだったのか・・(無知なり)。

Dr. Sutherland がDr. Beckerに送った書簡にこの言葉が書かれているのですが、それはその前にDr.SutherlandがThe Sea Around Us を読んだからだそうです。

「だったら、『タイド』知ってた~これ~!」「ミスカーソン、ドクターサザランド、ドクターベッカーありがと~!!」

『われらをめぐる海』は、ロンバケがそろそろ終了するので、残りは和訳で読みます。

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聖書はDr. Becker とDr. Sutherlandが、創世記とコロサイの使徒への手紙の中から1文ずつ引用していたので読んでみました。

【その他WSで体験したこと】
術者としては「ボイド」という状態になったこと。
受け手としては「リキッドライト」という状態を体験したこと。

「リキッドライト」を体験したその後ですが、WSの2日後くらいに、子供のときから気になっていた脚長差、右大転子周辺(関節包の中もかな?)にあった、組織液の塊なのか、脂肪なのか・・変な塊が消えて、骨頭がソケットに少し深めに入ったような感覚があり、安定したこと。

勘違いされがちだけれど、決して筋肉が弛緩するだけ、「リラクゼーション」だけの技ではないのだなぁ。

「骨をあるべき場所に戻す→オステオパシー」を実感しました。

その人にとって必要なことが起こるようです。

最初に「いい状態」の1切片を覚えることができたので、これを基準にいろいろなことが進めやすくなりそうです。

毎日が「真っ白な1ページ」。

本当は忘れちゃうくらいの方がいいのかもしれません。でも、本当に衝撃的でした。

今まで自分でやっていた手技の延長線にある技術なので、これからどんどん使っていくぞ~!