「脂質の海」でおぼれそうな私

私の頭の中→庭のモッコウバラが咲いた→5月上旬です。

今年のバイオダイナミクスの講座(phase2)が来月に迫ってきました。

【去年のバイオの講座(phase1)が終わったときに勝手に立てた目標】

来年までに

  • 解剖学のcoloring  book(通称:『塗り絵』と呼ばれている)を完成させる
  • 手持ちの「身体の構造と機能」の本を、内容は全部覚えられなくても良いので一通り読んでみる
  • Dr. Sutherlandの『Teachings in the Science of Osteopathy』をざざっとで良いので目を通す
  •   Dr. Still の本『Philosophy of Osteopathy』『Osteopathy, research and practice』をざざざっとで良いので目を通す

1年でどうにかなるんじゃないかと思っていたのですが、「ざざっと目を通す」というのが、「ざざっ」とならず、あちこちぶつかりながら、かなりゆっくり進んでいます。

coloring bookと「構造と機能」の本は、解剖学の講座と併せて読み進めているので、終了するのは10月くらいかなぁ。

(特に講座を待つ必要もなく、勝手に読み進めればいいだけなので、予定は未定)

『Teachings・・・』とDr.Stillのご本2冊もまだまだ。

目次を見て、気になる項目から少しずつ読んでいるので、いつ終わるかわからない・・という感じ。最初からとりあえずのざざっと読みで読めばよかったな~。

☆☆

これまであまり読んだことがない、医学系の本を読み進めているので、とにかく読むスピードが遅い!!

今年に入って無くなったのですが、、、。
「小テスト」のときは、不慣れなのに加えて、小テストの「15分」「20分」という時間制限に阻まれ、手が震えて、紙からシャープペンシルが浮き上がってしまい、字がまともに書けない始末。「小テスト」の採点は生徒同士で行うのですが、たくさんの方から漢字に赤ペンチェックをいただき、大変なことになってしまいました・・・。

ふがいなさにイライラすることもあれば、「まぁしょうがないな~」とのんきに構えていられるときがあります。

4月は

『脂質の海にタンパク質が氷山のように浮かんでいる』

と書かれている細胞膜の記述を見つけてしまい、「へぇ~♥」といちいち感動して何度も読み直したあげく、解剖学の講座までの時間が無くなり、あたふたしていました。

脂質の海で、タンパク質につかまることもできず、どぼどぼと溺れてしまった感じですが・・・。計画、ちょっと失敗だなぁ。私には重たかったかな~。

連休中も、時間を見つけて解剖生理の本を、どぼどぼとゆっくり読み進めていました。なかなか進みませんが・・・。

これも「TIDE」に任せていいのかもしれない?!
(ただの言い訳っぽい気もするけれど)
私の読書スピードも「TIDE」に任せてみるかなぁ。

『卵からはじまる形づくり』を見に行った

4月23日:国立科学博物館に行きました。

大英自然史博物館展も行こうかと、午前中、少し早めに家を出たのですが、建物に入るのがもったいないくらいの良い天気。

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『大英自然史、、』は見ないで、1時間くらい公園でボーッとすることにしました。

博物館は大好きなのですが、時が止まった博物館の収蔵品を見るより、外で生きているモノを見る方が、今日の気分には合う感じ。面白い感覚でした。

『卵からはじまる形づくり』はちゃんと見て来ましたよ。

見終わった後はブレインストーミング。

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いろいろごちゃ混ぜにしてはいけないと思いつつ、アイデアがたくさん出るわ出るわ。
(詳細はナイショ)

誕生日の前日。帰り道は自分の発生→誕生について思いを巡らしていました。

受精して卵割→鰓も消え、いろいろ端折って「胎児」になり、40週。

何十数年前かの今頃は、そろそろお腹の外に出ようかとスタンバッていたわけです。

パンダパフェも食べられたし、楽しかったなー。面白かったなー。いい日。

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図録もThe ontogenetic basis of human anatomyも持って行っておいてよかったなー。

こんな感じで今年1年を過ごしたいです。

ACIM のUrtext ver.を少しだけ読んだ 2

ACIM のurtext ver.の最初のところをまたちょっとだけ読んでいました。

T 1 B 23a. Miracles make time and tide wait for all men.

この文章を見つけてどきっとしました。

セレンディピティ。

ここでどうして「tide」という言葉が使われたのか。
ステキな偶然なのか。
”Time & Tide” で ”著者”が韻を踏みたかったのか。

私にはわからないけれど。

やっぱり、オステオパシーの勉強は続けていていいのだと思いました。

webで手に入るPDF(無料)で読むのが限界に近づいていたのだけれど、この1センテンスを見つけて、紙の本を結局買うことに・・・。

散財散財。


今日は「知の逆転」 のオリバー・サックス、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイヤモンドの章も読み直していました。

オリバー・サックスの章では『宗教と幻覚の関係』だとか、『失われた感覚器官が幻覚を生む』ということについて述べられていて、とても興味深く、時々読み直しています。

例え『幻覚』だとしても、それがその人の人生に彩を添えているのであれば、刑罰に関わること、公序良俗に反しないことであれば、いいんじゃないかしら。

それがいろんなフィールドでの創造性に繋がっていき、逆に無くてはならないものになります。

ACIM のUrtext ver.を少しだけ読んだ 1

午前中は毎月恒例のACIMの勉強会。

午後はおやつを食べながら、ACIMのURTEXT(原文と言われているけれど、原文でないのかな?不勉強ですみません)の最初の方を読んでいました。

>Plan ahead is good advice in this world, where you should
and must control & direct where you have accepted responsibility.
But the Universal Plan is in more appropriate hands. You will know
all you need to know. Make NO attempts to plan ahead in this re‐
spect.

・・・上手く訳せないのですが、どこでも同じようなことを言われるなぁと笑ってしまいました。

ここのところ、バイオダイナミクスの講座で聞く「事前に準備をしないでやる」
と一緒。

普段、うちら人間が責任をもって生活、仕事をしているこの世では、事前に計画をすることは大事だということになっているけれど、「Miracles(奇跡)」の点ではちょっと違う。あなたは知る必要があることは全部知っている。宇宙の計画にまかせる。

でも起こるであろう「奇跡」自体はそんなに大したことではない。奇跡は単なる「愛」の具現とか表象にすぎない。大事なのは「愛」。

ということ。

—————-

「どう生きたいか」
「どう生きるか」

ずーっと前から、自分の中のモヤモヤしているものとぴったり合うものを探していて、見つけたものがACIMだったりバイオダイナミクスだったりします。

それ以上でもそれ以下でもなく、、、。
今はそれがぴったりキテイル。
だからそれでいいじゃない・・という感じがします。

生きる目的→「愛」を表現する方法を学ぶこと。
役割→実践することで、「奇跡」が増えること、それが周りの幸せだったり、戦争がない世の中だったりに繋がっていくこと。

かなぁ。

解剖学講座2月・Backyardでしたいこと

2月の解剖学のミニ実習は胸郭呼吸&肝臓の動きを見るというものでした。

呼吸の動きだけでなく、体の中のいろいろなものが、それぞれ固有の動きを持っていて、身体からはいろいろな動きが出てくるのだけれど、その奥にある、何か静かな呼吸も一緒に見る。

体の動きの奥にある、その人のきれいなものを見る。

その方の全体性を見るうちに、肉体の動きも整ってくる。

ということをしました。

☆☆☆

「記憶を使わない」

「同じ風景でも、いつも(必ずしも)『美しい』と感じないことがある。そういう記憶は無くす」

その時、その瞬間で「美しい」ものとシンクロする。

という先生の言葉が印象的でした。

詳細は省きますが、幸い、相モデルになってくれたクラスメートの

「美しい☆」

ものを見せていただき、その静けさとその人の肉体の動きを同調させていく・・

(というより、同調するのを待つ感じ)

を体験できました。いい体験でした。

☆☆☆

その人の持つ、奥まったところにある、きれいなものを見つける
(というか、待っていて見せていただく・・・という感じかも)

これが私が『Backyard』でやりたいこと。
バイオダイナミクスオステオパシーの講座を受講することにしたのも、もう少しこれを深めたい・・広く取り組みたいという理由もありました。

☆☆☆

このサイトのタイトルにもなっている『Backyard (裏庭)』

これは、梨木香歩さんの小説『裏庭』から拝借したものです。

裏庭(言葉にはされていないけれど、「魂の世界」「集合的無意識」なのだろうな)は美しく、でも、そこに入れるのは素直な心を持っている人だけ。

裏庭の庭師は代々体の弱い人。その人が裏庭の奇想天外なストーリーを作っていく。

生き生きとした「無意識」の裏庭→「意識」の世界の充実に繋がる。

これは「庭師」個人だけでなくて、その人の周囲や、世界全体ひっくるめての安心感だったり、平和だったり、「素直に生きる」ことだったりに、集合的無意識からアプローチしていくということ。

取り組む世界が広ければ広いほど、庭師のエネルギーは裏庭で費やされる。

そのうちその人は裏庭にずっと入りびたりになり、現実に戻ってこなくなる。そして永遠に戻ってこなくなる→死。

でも、「裏庭」は新たな庭師を必要としていた。今度は裏庭で死なないで、きちんと現実世界に戻ることができる、裏庭と現実を結ぶ素直な元気な子。

そんな感じの話です。

☆☆☆

その人の奥まったところ「裏庭」にある、きれいなものを見せていただく。

「庭師」だけでなく、どんな人でも「裏庭」を見てみないといけないことがあると思っています。たくさんの人が裏庭に入れば、その分、裏庭が活性化して、「意識」の世界も充実する。

でも「裏庭」に入る前には、素直になる必要がある。

誰でも美しいものを持っていて、それを見つける、見守る。

それが「肉体」「現実」の自分との調整もする。

そんなお手伝いがしたいです。

(肩こりも腰の違和感も調整もなんだけれど・・・)

今読んでいる本。

カール・ケーニヒの『発生学と世界の発生』

研究とそれに付随するものすごいイマジネーションに、読んでいて圧倒されます。
面白いです。