バイオダイナミクスの勉強会の話/他人との線引きの話

立て続けだけれど、いい体験だったので記憶が新しいうちに書いておきます。

日曜日はバイオダイナミクスの勉強会でした。

毎回、主催してくださる先輩先生方に感謝です。

解剖学講座で学んでいることに関連付けてその日のテーマを選んでくださるので、助かります。

今回のテーマの1つは「腸管膜の動きを見る」ということでした。

解剖学講座のミニ実習と違うのは、施術を始める時点の術者の視点。

講座内では体と同時並行で「美しいもの」を見て行こう・・ということだったのですが、勉強会では「腸管膜」を見る。

でも、腸管膜の動きを見ているうちに「?」ということがあり、そういうときは肉体だけでなくて、もう少し違うところを(結局、やっぱり)観る必要がある・・・全体を見る必要があるというところに行きつきました。

(じゃぁやっぱり最初から全体を見ていていいってことなのだろうか・・・)

比較的日数が開かないで、2つの違う視点から施術をして、その違いを体験できたのが良かったです。

その日は面白いことがありました。

他人との線引きの話。

私は子供のころ

「人は人、自分は自分」

と頻繁に母に言われて育ちました。

それでなのか、無意識にも意識的にも、自分と他人との線引きは常にしているのだなぁ・・。

だから、あまり他の人の影響は受けない。受けているときも、「受けている」とわかっている状態で行動するし、「受けている」ことが自分にとってプラスになるかマイナスになるか精査はしています。

もう1つ。

吹奏楽部にいたとき、

「(学校から借りているものであっても)自分の使っている楽器は他の人に触らせるな」

と先生が話されていたのをよく覚えています。

そのこともあってか、大人になっても、他人の物はあまりむやみに触らないようにしています(当たり前か?!)。

モノはそれを所有している人の延長線、影響下にあるもの。

断りなく他人の所有しているものに触れると、それは、その人の中に侵襲することなんじゃないかなぁとすら思っています。

「誰かの影響を受ける」

これは、影響を与える側の問題というより、影響を受ける方が上手く線引きできていないことが問題なんだろうなぁと・・。

なんとなく思ってしまいました。

「ハートとハートをつなげる」ということと、「他人と線引きしない」ということは、また別のレイヤーの話かなぁ。

「侵襲することになる」だからこそ、「ハートをつなげる」作業をする必要があるのだろうし、「線引き」があるからこそ、「ハートをつなげる」作業が必要なんだろうなぁ。

日本人は「線引き」が曖昧なことが多いもんなぁ。

解剖学講座2月・Backyardでしたいこと

2月の解剖学のミニ実習は胸郭呼吸&肝臓の動きを見るというものでした。

呼吸の動きだけでなく、体の中のいろいろなものが、それぞれ固有の動きを持っていて、身体からはいろいろな動きが出てくるのだけれど、その奥にある、何か静かな呼吸も一緒に見る。

体の動きの奥にある、その人のきれいなものを見る。

その方の全体性を見るうちに、肉体の動きも整ってくる。

ということをしました。

☆☆☆

「記憶を使わない」

「同じ風景でも、いつも(必ずしも)『美しい』と感じないことがある。そういう記憶は無くす」

その時、その瞬間で「美しい」ものとシンクロする。

という先生の言葉が印象的でした。

詳細は省きますが、幸い、相モデルになってくれたクラスメートの

「美しい☆」

ものを見せていただき、その静けさとその人の肉体の動きを同調させていく・・

(というより、同調するのを待つ感じ)

を体験できました。いい体験でした。

☆☆☆

その人の持つ、奥まったところにある、きれいなものを見つける
(というか、待っていて見せていただく・・・という感じかも)

これが私が『Backyard』でやりたいこと。
バイオダイナミクスオステオパシーの講座を受講することにしたのも、もう少しこれを深めたい・・広く取り組みたいという理由もありました。

☆☆☆

このサイトのタイトルにもなっている『Backyard (裏庭)』

これは、梨木香歩さんの小説『裏庭』から拝借したものです。

裏庭(言葉にはされていないけれど、「魂の世界」「集合的無意識」なのだろうな)は美しく、でも、そこに入れるのは素直な心を持っている人だけ。

裏庭の庭師は代々体の弱い人。その人が裏庭の奇想天外なストーリーを作っていく。

生き生きとした「無意識」の裏庭→「意識」の世界の充実に繋がる。

これは「庭師」個人だけでなくて、その人の周囲や、世界全体ひっくるめての安心感だったり、平和だったり、「素直に生きる」ことだったりに、集合的無意識からアプローチしていくということ。

取り組む世界が広ければ広いほど、庭師のエネルギーは裏庭で費やされる。

そのうちその人は裏庭にずっと入りびたりになり、現実に戻ってこなくなる。そして永遠に戻ってこなくなる→死。

でも、「裏庭」は新たな庭師を必要としていた。今度は裏庭で死なないで、きちんと現実世界に戻ることができる、裏庭と現実を結ぶ素直な元気な子。

そんな感じの話です。

☆☆☆

その人の奥まったところ「裏庭」にある、きれいなものを見せていただく。

「庭師」だけでなく、どんな人でも「裏庭」を見てみないといけないことがあると思っています。たくさんの人が裏庭に入れば、その分、裏庭が活性化して、「意識」の世界も充実する。

でも「裏庭」に入る前には、素直になる必要がある。

誰でも美しいものを持っていて、それを見つける、見守る。

それが「肉体」「現実」の自分との調整もする。

そんなお手伝いがしたいです。

(肩こりも腰の違和感も調整もなんだけれど・・・)

今読んでいる本。

カール・ケーニヒの『発生学と世界の発生』

研究とそれに付随するものすごいイマジネーションに、読んでいて圧倒されます。
面白いです。

バイオダイナミクスオステオパシーのセッションを受けに行った@先輩先生のところ

昨日は横浜、関内stの凄腕魔女先輩先生のところに、バイオダイナミクスオステオパシーのセッションを受けに行ってきました。

体がすっかり参っていたので、勉強しに行くというよりも、普通のクライアントでした。

自分がセッションを受ける立場のときは、ほとんど眠ったことはなかったのですが、セッション中、すっかり眠ってしまいました。

あまり覚えていないのですが、いつの間にやら体のあちこちがリリースされていました。

なので、詳しい話はできません。
(˵ ˃̶̀ε ˂̶́ ˵)

大きな筋肉だけでなく、眼精疲労の元になっていた、小さな筋肉が上手くリリースされて、昨晩から今日にかけて、体の中、頭の中に新鮮な酸素がたくさん入ってきた感じがしています。

勉強のつもりで行ったわけでは全くなかったのですが、今後の勉強の相談もできて、結果的に勉強になり、、、とても助かりました。
一粒で二度美味しい感じ。

ありがとうございます。♡︎(°´ ˘ `°)/

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ここ数日いろいろあって、急に頭の中空間が広がったせいもあり、読書が進む進む!

一時期、字面だけを追うような感じになり、読むのをやめていた本をザザッと読みして、大事なところをマーキングして、、、と、おとといから今日にかけて4冊片付いて、満足しています。

まだ5冊残っているのだけど、この分だとなんとかなりそうな気がしてきました。

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陽が当たる枝の先だけ、木蓮の花?が付いていました。
寒いけれど、少しずつ春の空気に変わっています。

解剖学の勉強(続き)

昨年10月から始まった、オステオパシー(バイオダイナミクス)のための解剖学講座。

毎月、座学と、豚、牛、羊の肉の解剖+今月はマウスの解剖、オステオパシーの手技の紹介&体験実習

を受けています。

カラーブックで塗り絵をしたり、過去に先生方が撮影された、大量のご検体の画像を見せてくださったりして、ヒトの体の組織のイメージやテクスチャーが、施術中に自然に頭(など)に浮かんでくることを狙って、いろいろ配慮してくださっています。

そのおかげか、まだそんなに詳細なイメージではないですし、かなり断片的なのですが、お体に触れたとき、だいぶ自然にイメージが「なーんとなく」と浮かんでくるようになりました。

昨年5月に最初にバイオダイナミクスの講座を受講したときには、胸腔には黒いただの空洞しか浮かんでこなかったのですが、そのうち、何か見えてくるものがあるといいなぁ・・・(ささやかな希望)。

 

イグニッション/ 得たもの、無くしたもの

今日の午前中は、父母に施術。

数ヶ月前から、バイオダイナミクスの講座や練習会で教わっている「イグニッション」という技術(??)を、父の左下腿にこれまで2回ほど試しました。

『イグニッション(🕯着火)』

です。

父(70才代後半)は何年か前に、左大腿部にいろいろ違和感を感じていたようなのですが、昔の人だし、本人も「年だからしょうがないんだろう」と病院にもいかず、そのまま放置。

下腿から足指もときどき変な感覚がしていたそうで、左脚をかばうような、変な歩き方を時々していました。

下腿部は年配の方によくある、組織の張り感がなく、スカスカ、でも、液だけが下に溜まって、上に戻っていかず冷えて、存在感があまりない感じ。

それが、見た目にも随分変化が出てきました。

ここ何年か学んだことを、いろいろ父の体で試させてもらったのですが、父のこの場合はイグニッションが一番相性が良かったよう。

これまで施術後にあまり感想らしい感想を聞いたこともなかったのですが、

「これは脚が軽くなったー」

とのこと。

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父は私がバイオの勉強を始めてから、2週間から1ヶ月に1回くらいのペースでモニターになってくれているのですが、秋頃から他にも変化が出てきて、面白いなぁと思っていることがあります。

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「着火」の技術と引き換えだったのか、昨年末、部屋の石油ファンヒーターが壊れました。

スイッチを入れて、少し動作音はするのですが、「着火」しないのです。

ススか何かの詰まりを取れば直るらしいのですが、修理代で新しいものが買えそう、、。

というわけで、多分このファンヒーターはお役御免になりそうです。

何事も何物も

『着火』

しないと動かないのだー。