ブログやFBの更新を積極的にするのをやめてからしばらく経ちました。
「やめる!」と決めたわけではなく、なんとなくなのですが。
「外に向けて何かを伝えたい」と特に思わなくなってしまい、休憩をしていました。
1月は恒例行事のようになってしまいましたが、研修に2回参加しました。
内容について書くのは避けますが、まるっとまとめてしまうと、自分が
「ジェダイマスターからフォースの扱い方について学ぶパダワン」
になった気分でした。T師匠はオビ・ワンで、私はアナキンか(いや、そんなに優れてないぞ)。ジェダイ騎士の先生方、たくさんいらっしゃったなー。
こういう書き方をすると、エキセントリックな印象を持たれてしまうかもしれないのですが、でもまぁ、ほんとにそうでした。
ユザ○ヤで生地を買って、ジェダイマントを作っちゃおうかなぁと、帰りの電車で真剣に考えました。
バイオダイナミクスのクラスの受講を許可されるまで、ずっと疑問に思っていたことの1つが、
「(あるやり方で)施術することで、受け手までセンシティブにしてしまうのではないか」「センシティブなのは術者だけでいいじゃない。受け手までセンシティブにする必要ってあるの?」
ということでした。
これまでの研修でこの疑問に関する回答はうっすら出ていたのですが、今回の研修では、全く別の観点から答えがやってきて、疑問自体が無くなりました
(タイド的な解決法だなぁと思います)。
T師匠、アシスタントの先生方、クラスメートのみなさんに感謝です。
人間が思考して構築、発展、発達させたシステムでないシステム(例:人間の体)で起こる現象や、そのシステム間のコミュニケーションでは、
「インプット、アウトプットするときに使う『言葉』もノイズになる」
ということも改めて感じました。
施術の最中、そのときに透明になった体で感じたことが全て。
もちろん、言葉や言語はある段階で必要なことを学ぶためには重要で、私は今もこれを使わないと体について学べませんが、それだけでは伝達できないことがたくさんあります。
こういったことを饒舌に語ること自体、それを否定している感じもします。矛盾している行為なのかも。だから最近、ブログもフェイスブックも更新したくなくなったのかなぁ・・とこのブログを書きながら感じています。
そして、それは、施術を受けてくださる方にはさほど重要でないこと。
あくまでも術者側の問題です。
「水平線から上がってくる太陽、光」その場にはすべてが詰まっています。今回は朝日の写真ばかり撮っていたのですが、それもなんだか、言語の情報を超えたところのものを伝えたい、という師匠の心意気の影響をすっかり受けてしまった結果のような気がしています。